留学日記’98

[留学日記検索] [日記検索]
8月2日(火) 晴れ

引越しのドタキャン


ミニアルバムの「私の家」の紹介の中で、引越しの3日前にキャンセルされた話を「もう少し詳しく!」というご要望に答えて(^^)...はっきり言って悲惨でした(^^;

まだインターネットを初めていなかったころ、日本の友人たちに年2回、報告記なるものを送っていました。実はこれ、そのときに書いたものなんです。ちょっと手直ししてますが。3年前のことになるけど、私って全然変わってないのね(^^;

-----

...さて、冬の引越しの時にはお騒がせしました。何が起こったのか説明します。私の当時の中国人のクラスメートSが、「自分は今の部屋を出て行くので次に入る人を探している」と聞きました。

それで私がその部屋を借りることに決めたのです。これは95年11月のことです。

ところが12月21日、引越し予定の4日前に、彼女自身が引っ越す先として、予定していたニューヨークの大学に落ちたことを聞きました。

私は最初からそれを心配していて、万一落ちたらどうするのかを、念を押して聞いていたのですが、彼女は「ニューヨークで働くからどちらにしても出て行く」と言っていました。

ところが次の日(22日)、「あと1年ここにいることに決めたので私にどこか他の部屋を探してくれないか」と言われました。

私は即答は避けましたが、やっぱり私が動くのが一番いいだろうと思い、次のことを条件にOKしました。

それは、部屋が見つかるまで私の荷物を彼女の部屋に置かせてもらうこと、部屋がすぐに見つからなかったら、フィリス(Sの家主)の家の客室に、私が仮に住むことをフィリスに承諾しておいてもらうことの2つです。
彼女はすごく感謝していました。

私は当時住んでいたアパートとの契約で12月24日には出なければならなかった上、試験が23日まであったので、どちらにしても荷物は彼女のところに置かなくてはならないと思っており、そのことは説明してありました。

が、次の日の22日になって彼女は、「私の荷物を預かる変わりにお金をとる」と言いだしました。

私はびっくりしてものすごく怒りました。

彼女は、「これは自分ではなくフィリスの意見であって、自分は従うしかない」と言い張り、私は「私との約束でSがフィリスを説得できないのなら、予定通り私が入る」と言い、結局1時間くらい電話で言いあいました。

はっきり言って、試験前だったのですごく頭にきました。

が、最後にSは「自分が悪かった」といいました。

私は、すぐフィリスに電話して事情を説明し、Sにアドバイスしたのかと聞くと、「そんなことを言っていなくて私(恵子)が正しい」と言いました。

そんなことがあったので、その夜、私はSに荷物を預けるのが心配になり、(試験前なのに)知り合いにあたってみました。

実は私は12月30日からスペインに旅行することになっており、それまでに代わりの部屋が見つからなければ、2週間以上荷物を預けなくてはならなかったからです。

この時嬉しかったのは、ベビーシッターのお母さんとか、ここに住んでいる友人が自分の家に泊まるよう申し出てくれたことです。

結局、次の日(12月23日)の夜、今のところ(ダグの家)が見つかり、でも前の住人がまだいたので、他の人に紹介してもらった別のアパートの部屋を3週間だけ借りることになりました。

一晩で見つけることができたのは、周りの人たちの協力と、ダグたちの融通が効いたおかげです。

だけど、私は寒い冬空の中、2回引越しをしたんです。

考えてみれば、クリスマスイブに私は、引越しで荷物を運ぶために駆けずり回っていたのです。

その後、Sに「フィリスのところに届いている手紙を渡してくれ」(注意:当時、住所変更案内をすでに出していた)と言ったところ、(前には確かに何通か来てるといったのに)「そんなものは来てない」と言われ、再度フィリスに言い、やっと全部転送してもらうことができました。

あとからフィリスが、私がものすごく怒ったことと、フィリスにすぐ言いつけたこと、私が部屋を見つけたことをフィリスには言ってSに言わなかったことにショックを受けて動揺していた、と言っていました。けど、嘘をつかれたら信用はできません。

それであの臨時のはがきを出した次第です。

-----

用語解説: 「ドタキャン」= どたんばのキャンセル...m(_ _)m








[前の留学日記] [留学日記検索] [次の留学日記]

[日記へ]



[ホーム]