留学日記’98

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6月6日(土) 晴れ

お別れ


ここへ来てから4回目の引越し。今回の引越しは今までと違って、4年間住んでいたここ、ニューパルツの人たちにお別れするときでもありました。5月31日のことです。

今までの引越しは、一日で荷物をまとめていましたが、今回は4日間。だけど、それでも足りないくらいでした。その間に、できるだけ多くの人にお別れしたからです。

遊びに来ていた母たちを見送った次の日の木曜日には、まだ学校に提出しなくちゃいけない書類などが残っていたので、あちこち動き回ったあと、夕方から片づけ。英語では Packing(パッキング)と言います。

その日の夜、友人に電話。全部で15人くらい。いない人には、留守電にメッセージを残しました。

そして最後に「会いたい」と言ってくれた人には、会う日を約束をしました。

会ってくれる人にはニューパルツで会うことにしてもらったので、パッキングの合間に約束の場所へ行くので、手間や時間はかかりません。

アメリカでは、人にプレゼントなどをあげるときには、たいてい、きれいな包装紙やリボンを買ってきて自分でつつみます。英語では Wrapping(ラッピング)と言います。

親しい人には最初から渡すものを準備していましたが、急に会うことになった人たちにも、前から準備していたハンカチをつつみました。(日本でも、会社をやめるときにはハンカチをあげるでしょう?)

じめじめした別れにはならなかったと思います。それよりも、みんな、私のこれからについて聞いてくれて、私もそういう話に熱中しました。そして応援してくれました。

私の持っていった品を、思いのほか喜んでくれて嬉しかったです。

「また遊びに来るから...」。そうは言っても、現実には、半分くらいの人とは、これで最後になってしまう可能性があります。そう思ったら悲しくなりました。

ベビーシッターをしていたエミリーの言葉にはぐっときました。

「Keiko、6月のピアノコンサートに出るから、戻ってきてくれる?」

「エミリー、カリフォルニアは遠いのよ...」と言いかけて、エミリーに遠くに行っちゃうイメージを植えつけたくない、と思い、

「6月はだめ。私、やることがいっぱいあるから。引越しってたいへんだってわかるでしょう?私は仕事も探さなくちゃいけないの。だから6月は絶対無理。ごめんね」

一番最後のお別れが終わったのは午後10時。ものすごい雷の中、車を走らせました。私は雷ってこわくありません。空全体が、花火よりもきれいに光っていました。








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